QPtanの日記

読書日記や種々雑感、および英語や国語の効率的な学習法

インド紀行②②

ラダックはむちゃくちゃ寒かった。

無理もない。

富士山よりも標高が高いのだ。

これだけ標高が高いと空気が足りなくて、寝ている時に酸欠で目が覚めることがある。

また、肌、特に唇がカサカサになった。

ここで一緒になった旅行者のグル〜プの間で、なんでもかんでも標高の高さのせいにするというジョ〜クが流行った。

例えば、「あ〜。。。寝坊しちゃったわ。標高が高いせいで」とか東京に住むくせに私が言うといった具合にである。

この遊びを「blame-everything-on-altitude-game」と呼んだ。

一人旅をしていると、さまざまな境遇の人たちと出会う。

ラダックでもいろいろな旅行者たちと知り合った。

今でも強い印象の残っているカナダ人の元・ヒッピ〜女性。

彼女からは1960年代後半のヒッピ〜・ム〜ブメントがどういった雰囲気だったのかを聞かせてもらった。

私は当時、ヒッピ〜に憧れていたので興奮して聞いた。

彼女が言うにはヒッピ〜・ム〜ブメントは強烈で、なんと言うか世界&世界の未来が輝いて見えたらしい。

だからその反動で、ヒッピ〜・ム〜ブメントが終わると何をしていいかわからなくなり途方に暮れたそうだ。

また、ロビン・ウィリアムズに似たアメリカ人の旅行者も面白かった。

彼はナチュラルで間が抜けており、とにかくひょうきんだった。

ある時、宿を探しにタクシ〜に乗っていると突然、降りると言い出した。

第六感がそう告げると。

巨漢のバイカ〜にも会った。

ハ〜レ〜が似合いそうな人だった。

彼は実際にバイクでインドを旅していた。

毒舌のドイツ人カップルとも知り合った。

カップルの女の子のほうはダラムサ〜ラのことを「スピリチュアル・ブ〜・シット」と言ってのけた。

多数の旅行者たちと知り合ったおかげで、楽しくラダックでの日々を過ごすことができた。

ラダックからはマナ〜リという場所に行く旅行者が多かったが、私はシュリナガ〜ルへと戻ることにした。

 

(続く。。。)

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