QPtanの日記

読書日記や種々雑感、および英語や国語の効率的な学習法

2020-04-01から1ヶ月間の記事一覧

インド紀行⑤④

早々にリシケシを後にすると、我々はいったんデリ〜に戻ってから砂漠地帯であるラジャスタン地方に行った。 たしか、ウダイプルとジャイサルメルだったと思う。 二ヶ所か三ヶ所を訪れた。 そのうちの一ヶ所の街には湖に浮かぶホテルがあった。 泊まったわけ…

インド紀行⑤③

バラナシの後、デリ〜に戻りトメルと合流するとリシケシというヨガの聖地へと行った。 リシケシにはあのビ〜トルズも行った。 同行したミア・ファロ〜か誰かがヨガの聖者にお尻を触られ、それに幻滅したビ〜トルズのメンバ〜たちは次々と帰国したが。 リシケ…

インド紀行⑤②

ガ〜トと呼ばれるバラナシのガンジス川沿いにある火葬場では、沐浴する人もいれば洗濯物をする人もいる。 インド被れの旅行者の中には泳ぐ者もいる。 何をしようとその人間の勝手だが、バラナシに流れるガンジス川は汚い。 むちゃくちゃ汚い。 この後行った…

インド紀行⑤①

バラナシへは例のイスラエル人の女の子ふたりと一緒に来た。 安宿のおじさんが別々の部屋にするかと訊くと、Tは同じ部屋でいいと言った。 曰く、イスラエル人同士の旅行者の間では男女で同じ部屋をシェアすることが普通だからと言うことだった。 私はその時…

インド紀行⑤⓪

インドへはカトマンズから国境を通って入国し、バラナシに滞在した。 バラナシはヒンズ〜教の有名な聖地で、ヒンズ〜教徒たちは死んだらここで火葬されてその灰をガンジス川に流されるのを理想としているらしい。 (続く。。。) オシャレで可愛く旅したい「MI…

インド紀行④⑨

私の「インド紀行」を読んでくださっていたら、そこにやたらとイスラエル人旅行者が登場するのに気づくことだろう。 彼らイスラエル人は高校を卒業した後に兵役を経験し(強制ではないが、ほぼ義務)、兵役後から大学入学あるいは社会人になるまでの間に海外に…

インド紀行④⑧(ネパ〜ル編)

カトマンズからはいったんインドへ戻ることにした。 マットの友人だったトメルという名のイスラエル人旅行者と一緒にカトマンズにあるインド大使館にビザの申請に行った際、2人のイスラエル人の女の子と会った。 彼女たちもインド・ビザの申請に来ていた。 …

インド紀行④⑦(ネパ〜ル編)

カトマンズに戻ると、相変わらずのバ〜通いが始まった。 バ〜といっても値段は安く、特にハッピ〜・アワ〜は安かった。 とにかく、ありとあらゆるところにバ〜があり、おそらく旅行者の大半はバ〜に通っていたはずだ。 今でこそ一滴も呑まないが当時の私はア…

インド紀行④⑥(ネパ〜ル編)

カトマンズに着くや、バスの中に「ライ麦畑でつかまえて」の原書を忘れてきたことに気づいた。 すぐに乗ってきたバスに戻ったが、本は見つからなかった。 仕方がないのでまた新しいのを買った。 自分の英語力が鈍ってきたと感じたら、私はいつも「ライ麦畑で…

インド紀行④⑤(ネパ〜ル編)

ネパ〜ルはトレッキングで有名だ。 多分、エベレストなんかも登れたはずである。 ポカラというトレッキングの街があり私も行ったのだが、晴れた日などは本当に景色が綺麗だった。 ヒマラヤ山脈が近くに見える。 その半面、風景が美しいこと以外には長所が何…

インド紀行④④(ネパ〜ル編)

どうやら西洋人は垢すりタオルの存在を知らないらしい。 マットは私の部屋にあったそれを見るや、アダルト・グッズだと信じて疑わなかった。 では、どうやって彼らは体を洗うのか。 ボディ〜・ソ〜プを体に直接付け、手で洗うのだろうか。 いや。 映画なんか…

インド紀行④③(ネパ〜ル編)

話は前後するが、ここネパ〜ルへはひとりのイスラエル人旅行者と一緒に来た。 彼女とは半年ほど前にダラムコットのピザ屋さんで一度会っていたのだが、たまたま、ネパ〜ルのカトマンズ行きのバスのチケットを買うために立ち寄った、ハレ・ラマ・ゲストハウス…

インド紀行④②(ネパ〜ル編)

カトマンズはタイのバンコクと並ぶ世界有数の大気汚染都市だ。 自動車やバスなどから排出される排気ガスがものすごい勢いである。 が、中にはそれら大気汚染の対策を過剰になってする旅行者もいて、私が見た一番スゴい人はなんかダ〜ス・ベイダ〜が被ってい…

インド紀行④①(ネパ〜ル編)

その変なおじさんについて考えていたらふと思った。 日本政府から年金をもらい、物価の安い発展途上国で暮らすというのはある意味で賢い選択だ。 海外で暮らす日本人とは私の二度目のインド旅行でも会った。 彼は革細工を自作しており、それをウェンズディ・…

インド紀行④⓪(ネパ〜ル編)

ネパ〜ルのカトマンズにかなり変わった日本人のおじさんがいた。 歳の頃は60ぐらいで、どうやらネパ〜ルに移住しているようだった。 私には一度も話しかけてこなかったが、昼間っから道端に立ち通りかかる日本人旅行者たちにお説教(?)をしていた。 やれ、…

インド紀行③⑨(ネパ〜ル編)

モモという食べものがネパ〜ルにはあった。 形は違うが、味は餃子に似ている。 あの日、マットが私に何個まで食べられるか挑戦してきた。 いや。 挑戦してきたのではなく、私に大食いをさせた。 その頃の私は身体を鍛えまくっていたので、当然、食べる量も多…

インド紀行③⑧(ネパ〜ル編)

ネパ〜ルは若干、インドより物価が安かった。 それと、何故だかわからないが牛を食べてもいいらしく、カトマンズのレストランではいたるところで牛ステ〜キがメニュ〜に載っていた。 また、カトマンズには街中にバ〜がある。 おそらくはトレッキング帰りの旅…

インド紀行③⑦(ネパ〜ル編)

インドからネパ〜ルの首都・カトマンズまではバスで行った。 36時間もかかった。 今だったら絶対にイヤだ。 とてもじゃないが耐えられない。 インドからネパ〜ルの国境線で恐ろしくマヌケな旅行者に会った。 なんと、その人はデリ〜からネパ〜ルまでタクシ…

インド紀行③⑥

バック・パッカ〜というものは基本的にヒマである。 朝から晩までやらなくてはならないということが何もない。 だから、レストランや宿屋などで知り合った人間と、気が合いさえすればすぐに小一時間は話す。 よくあるのが、だいたい10人ぐらいの旅行者が円…

インド紀行③⑤

インドではマクドナルドが珍しい。 普通にあるにはあるのだが高級なお店の部類に入るようで、一度、インド人の大学生に「君、マクドナルドに行ったことある?」と訊かれたことがあった。 だから、「あ〜。マックね。美味しいよね」と答えると、「実は僕、マ…

インド紀行③④

インドに到着したばかりの頃、デリ〜の動物園に行ったが、あまりの暑さに動物がバテていて何も見れなかった。 暑さと言えば、ジャイプ〜ルという砂漠のある地域は酷かった。 暑いなんてもんじゃなかった。 私が滞在したのは4月だったが、暑さがピ〜クを迎え…

インド紀行③③

ダラムサ〜ラで会った日本人の旅行者に、水道水で歯を磨いただけでアメ〜バ赤痢になった女の子がいた。 インドでは水道水を直接飲むことは自殺行為だ。 と言っても、道端のチャイ屋さんとかがまさかミネラル・ウォ〜タ〜で空いたグラスを洗っているわけでも…

インド紀行③②

「なんでこんなところにΣ(゚д゚lll)」と不思議に思ってしまう韓国人のおじさんがいた。 そのおじさんはカルサン・ゲストハウスから階段で下りる途中に、何故かレストランを開いていたのだ。 しかも、そのおじさんとはデリ〜でも会った。 ダラムサ〜ラへの長…

インド紀行③①

ダラムサ〜ラのある地域はモンス〜ン気候帯に属し、雨季に当たる6〜9月は本当に雨が酷い。 日本の梅雨なんかとは比較にならない。 泊まっていたカルサン・ゲストハウスのバルコニ〜からはヒマラヤ山脈が一望できたので、豪雨の中で光る雷は非常に美しかっ…

インド紀行③⓪

ある日、散歩をしていると、やけに多くの旅行者たちがいた。 何をしているのかと訊ねると、ダライ・ラマ14世への謁見のための事務手続きに並んでいるとのことだった。 私は特に彼への思い入れはなかったが、これも何かの縁だと思い列に並んだ。 1時間ほど…

インド紀行②⑨

他にも単に困った旅行者たちもいた。 これは噂で聞いた話だが、スイスからインドまで自転車で来たがそれを皆が賛美してくれないことに腹を立て、パ〜ティ〜でLSDを摂取し錯乱状態になったその男はダライ・ラマ14世が住む場所に裸で侵入したらしい。 また、…

インド紀行②⑧

インドにまでやって来る旅行者たちは皆、何かしらの問題というかトラウマを抱えている人が多かった。 ベトナム帰還兵のファビオもそうだった。 おそらく、ベトナムで見た光景は忘れたくても忘れられない地獄だったに違いない。 一度、リズからファビオが話し…

インド紀行②⑦

私たちのグル〜プには多彩な顔ぶれが揃っていた。 ベトナム帰還兵の愛称・ファビオ。 ファビオとは女性向けの恋愛小説「ハ〜レ〜・クィ〜ン・ロマンス」の表紙を飾る、長い金髪と青い眼、そして筋骨隆々な肢体を誇るモデルのことだ。 そのベトナム帰還兵のア…

インド紀行②⑥

外を散歩しながら雑貨店などを見ていると、「English Grammar in Use」が本屋に平積みにされていた。 気になったので手に取って立ち読みをした。 すぐにこれはかなりいい参考書だと気づいたので、即、買うことにした。 毎晩、深夜過ぎてから午前3時頃までは…

インド紀行②⑤

今回のダラムサ〜ラの滞在では、多くの長期滞在者と会った。 居心地よく感じたのは私だけではなかったようである。 初めはバラバラであったのが、次第に1つのグル〜プに自然となった。 彼らの多くがカルサン・ゲストハウスという宿に泊まっているとのことな…