QPtanの日記

読書日記や種々雑感、および英語や国語の効率的な学習法

2020-01-01から1年間の記事一覧

インド紀行③③

ダラムサ〜ラで会った日本人の旅行者に、水道水で歯を磨いただけでアメ〜バ赤痢になった女の子がいた。 インドでは水道水を直接飲むことは自殺行為だ。 と言っても、道端のチャイ屋さんとかがまさかミネラル・ウォ〜タ〜で空いたグラスを洗っているわけでも…

インド紀行③②

「なんでこんなところにΣ(゚д゚lll)」と不思議に思ってしまう韓国人のおじさんがいた。 そのおじさんはカルサン・ゲストハウスから階段で下りる途中に、何故かレストランを開いていたのだ。 しかも、そのおじさんとはデリ〜でも会った。 ダラムサ〜ラへの長…

インド紀行③①

ダラムサ〜ラのある地域はモンス〜ン気候帯に属し、雨季に当たる6〜9月は本当に雨が酷い。 日本の梅雨なんかとは比較にならない。 泊まっていたカルサン・ゲストハウスのバルコニ〜からはヒマラヤ山脈が一望できたので、豪雨の中で光る雷は非常に美しかっ…

インド紀行③⓪

ある日、散歩をしていると、やけに多くの旅行者たちがいた。 何をしているのかと訊ねると、ダライ・ラマ14世への謁見のための事務手続きに並んでいるとのことだった。 私は特に彼への思い入れはなかったが、これも何かの縁だと思い列に並んだ。 1時間ほど…

インド紀行②⑨

他にも単に困った旅行者たちもいた。 これは噂で聞いた話だが、スイスからインドまで自転車で来たがそれを皆が賛美してくれないことに腹を立て、パ〜ティ〜でLSDを摂取し錯乱状態になったその男はダライ・ラマ14世が住む場所に裸で侵入したらしい。 また、…

インド紀行②⑧

インドにまでやって来る旅行者たちは皆、何かしらの問題というかトラウマを抱えている人が多かった。 ベトナム帰還兵のファビオもそうだった。 おそらく、ベトナムで見た光景は忘れたくても忘れられない地獄だったに違いない。 一度、リズからファビオが話し…

インド紀行②⑦

私たちのグル〜プには多彩な顔ぶれが揃っていた。 ベトナム帰還兵の愛称・ファビオ。 ファビオとは女性向けの恋愛小説「ハ〜レ〜・クィ〜ン・ロマンス」の表紙を飾る、長い金髪と青い眼、そして筋骨隆々な肢体を誇るモデルのことだ。 そのベトナム帰還兵のア…

インド紀行②⑥

外を散歩しながら雑貨店などを見ていると、「English Grammar in Use」が本屋に平積みにされていた。 気になったので手に取って立ち読みをした。 すぐにこれはかなりいい参考書だと気づいたので、即、買うことにした。 毎晩、深夜過ぎてから午前3時頃までは…

インド紀行②⑤

今回のダラムサ〜ラの滞在では、多くの長期滞在者と会った。 居心地よく感じたのは私だけではなかったようである。 初めはバラバラであったのが、次第に1つのグル〜プに自然となった。 彼らの多くがカルサン・ゲストハウスという宿に泊まっているとのことな…

インド紀行②④

ダラムサ〜ラへと戻ると、そのまま例のオ〜ストリア人と一緒に宿に泊まった。 ここダラムサ〜ラでは建物が急斜面だろうがなんだろうがおかまいなしにやけくそ気味に建てられている。 ジャッキ〜・チェン主演の「ポリス・スト〜リ〜」で刑事たちと犯人たちが…

インド紀行②③

シュリナガ〜ルへはラダックで知り合ったオ〜ストリア人の旅行者と一緒に行った。 今回は前に泊まったハウス・ボ〜トとは違うハウス・ボ〜トに泊まった。 そのオ〜ストリア人の旅行者はどこで覚えたのか知らないが、カヌ〜を非常にうまく漕いだ。 シュリナガ…

インド紀行②②

ラダックはむちゃくちゃ寒かった。 無理もない。 富士山よりも標高が高いのだ。 これだけ標高が高いと空気が足りなくて、寝ている時に酸欠で目が覚めることがある。 また、肌、特に唇がカサカサになった。 ここで一緒になった旅行者のグル〜プの間で、なんで…

インド紀行②①

シュリナガ〜ルからラダックまでは、ダラムサ〜ラからシュリナガ〜ルへとやって来たイスラエル人旅行者と一緒に行った。 ラダックへのバス移動では、またしてもトラブルがあった。 一台のバスがエンストを起こし、乗っていた旅行者たちは坂道を走って他のバ…

インド紀行②⓪

どういった経緯かは忘れたが、インド軍の施設に何故か行った。 替えのパンツ(ズボン)がないので、インド人の兵隊さんから借りた。 シュリナガ〜ルでは湖の周りをぐるりと自転車で一周もした。 また、モスクへも行った。 こうやって思い出しみると、結構、色…

インド紀行①⑨

シュリナガ〜ルはイスラム教徒が大多数を占める。 泊まったハウス・ボ〜トのオ〜ナ〜もイスラム教徒だった。 だからお酒を飲むことはいけないことなのだろう。 一度、私がお酒を飲んでいると一口くれと言い、ものすごい勢いで隠れるようにサッと飲んだ。 お…

インド紀行①⑧

いや。 3ヶ月間、ダラムサ〜ラに滞在したと書いたが、思い出してみるとシュリナガ〜ルに一度行きまたダラムサ〜ラに戻って来た。 シュリナガ〜ルはインドのかなり北に位置し、宗教的な問題か何かでパキスタンと揉めている紛争地域だ。 そこら中に戦車や銃を…

インド紀行①⑦

ダラムサ〜ラは大きく分けて3つの街に別れる。 マクロ〜ド・ガンジにダラムコット、そしてバグス〜だ。 このうちダラムコットはイスラエル人がほとんどを占め、治外法権が適用されている(ウソ)。 バグス〜はなんと言うかヒッピ〜・チックな街である。 やけ…

インド紀行①⑥

なんとか無事にダラムサ〜ラに着くと、しつこい客引きをかき分け宿を探して荷物を降ろした。 今回はダブル・ル〜ムである。 バスが横転事故を起こした時に、たまたま一緒になった日本人の青年と泊まることにした。 荷物を宿に置くと、街に出てダラムサ〜ラが…

インド紀行①⑤

翌朝になり迎えのバスが来た。 しかし、横転事故が起きたため、ダラムサ〜ラに着くまで気が気じゃなかった。 さらにことを悪くしたのが、日本では考えられない悪路である。 クライマックスはダラムサ〜ラへと下町のロ〜ワ〜・ダラムサ〜ラから至る急勾配の坂…

インド紀行①④

ところが彼らインド人の警察官たちは横転したバスの前でこともあろうか記念写真を撮って、そのまま何事もなかったかのように帰って行った。 これには本当に呆れた。 旅行者たち皆がそうだったに違いない。 我々、旅行者たちは暗闇の中、取り残された。 誰が…

インド紀行①③

そうこうするうちにバスがやって来た。 わたしの席は左端だった。 なぜ覚えているかと言えばこの後、バスが右側に横転事故を起こし、一番左側に座っていた私はものスゴイ距離から投げ出されたからだ。 最初は右側に少しだけ傾いた。 しかし、私は蚊と格闘し…

インド紀行①②

ダラムサ〜ラにはチベット亡命政府があり、チベット仏教の最高指導者のダライ・ラマ14世もいる。 行くまでは知らなかったが。 デリ〜でバスのチケットを買い、荷物をまとめた。 インドでのバス移動は超長時間である。 デリ〜からダラムサ〜ラまでも12時…

インド紀行①①

宿に戻ると、ロビ〜でやっていたWWEにみんな釘づけになっていた。 私も特にやることがなかったので、皆と一緒にテレビを観た。 たしか、ザ・ロックだったと思う。 彼が映っていた。 私はテレビを観ながら漠然と今後どうするかを考えた。 デリ〜の次にどこへ…

インド紀行⑩

ステ〜キも食べ終えたところで、次はバ〜へと連れて行ってもらった。 そこでは一切、詐欺事件の話はしなかった。 というか、それ以上、突っ込んで話を訊くのは失礼だったろう。 それに私も大して興味がなかった。 お互いにビ〜ルをたくさん飲んだ。 何を話し…

インド紀行⑨

ステ〜キを食べながら、思い切って事件のことについて訊いてみた。 すると意外にも気を悪くした素振りも見せず、おじ〜さんはその話をしてくれた。 おじ〜さんが言うには数年計画で慎重にことを運んでいたそうだ。 インドにもインド人にも慣れ、ビジネス・パ…

インド紀行⑧

ヒンズ〜教では牛は聖なる動物なので、ヒンズ〜教徒が大多数を占めるインドでは限られた場所でしか食べられない。 おじ〜さんが私を連れて行ったのはその限られた場所の1つだ。 と言っても、ただの高級ホテルであったのだが。 要はお金次第だということだ。…

インド紀行⑦

仏教エンタ〜テイメント・パ〜クか。。。 たしかに仏教はインドで生まれたが、今ではすっかりヒンズ〜教に取って代わられ消え去ったに近い。 仮にそのビジネスが計画通り進んだとして、採算が取れないばかりか経営破綻していただろう。 もちろん、そんなこと…

インド紀行⑥

そのおじ〜さんの部屋は屋上の一角にあった。 この日差しである。 最上階なら直射日光が当たって余計に暑いだろう。 チャイを飲みながらお互い身の上話をした。 2、3時間は経っただろうか。 暇だったのでおじ〜さんと一緒にコンノ〜ト・プレイスという、イ…

インド紀行⑤

大して歩かないうちにそのインド人が勧める宿に着いた。 普通の安宿である。 良くも悪くもなかった。 最上階には高齢の日本人が泊まっていた。 話してみるといい人そうだったので、人恋しさもありその宿へと移ることにした。 私はすぐに泊まっていた宿に戻り…

インド紀行④

翌朝目が覚めると、とりあえずインドとはどういうものかと散歩に出かけた。 香辛料の匂いがどこからともなく漂ってきた。 インドの風景はこれまでに見たことのないものばかりだった。 道ばたに転がっている牛の糞。 物乞いをしているインドの下層階級の人々…